ただあの人に選ばれたかった、それだけのこと
わたしには恋人がいます。
背が高く、必要最低限の筋肉と骨だけでできたような最高の体格で、唐突にこの世の心配をし出したり、チノパンのポケットに森永のミルクキャラメルを箱ごと入れてたりするような人です。
エスカレーターに乗っている時や信号待ちの間、何かの展示を見てる時、ただ歩いている時、ふいにぽんぽんと頭を撫でてくれたりします。
そういう時わたしは素知らぬ顔で居続けるけど、本当はとても嬉しい。
自分が犬だったら振りすぎた尻尾がそろそろ取れてもおかしくないなと最近真剣に思います。犬じゃなくてよかった。
少しだけ泣いてもいいですかと肩に顔を埋めれば、うんとだけ言って、理由も聞かずに泣き止むまで頭を撫でてくれたこともあります。
その時、「ああ泣いても怒られないってこんなに幸せなんだ」と知りました。
でも、それでもわたしは、デート中に泣いたらウザいと言って帰っていったあの人のことを一生忘れることはたぶんできない。
恋人のことはとてもとても大切で大好き。ただ一生忘れられない人がわたしの中にいる。
なんてずるい話だろうと自分でも思います。
愛してるけど好きじゃない、それはこういうことなのかもしれない。
酔っ払ってベッドに大の字で寝転びながら、元カノの名前を何度も呼んでは愛してるから幸せになってよと泣いたあの人。当時はどんな顔をしたらいいのか分からずただ足元に立ってその姿を見続けるしかできなかったわたしだけど、今はじめてあの人のことがわかった気がします。
看取りたいと思った。この人が最期に見る顔がわたしであってほしいと思った。
「君が悲しむから君より先には死なない」などと言いきったあのキザな顔を、生涯忘れることはないんだろうと思います。
ひたすらに、愛されたかった。ずっと大事にされたかった。でもあの人が選んだのはわたしじゃなかった、それだけのこと。
それだけのことを何年も何年も反芻し続けているのに未だに当時と同じだけ泣かずにはいられないのはなぜなんだ。
振られた帰り道を、ついさっき自分を振った人間と電話しながら歩いた。2人でよく行った恵比寿の一風堂に着いたところで、もういい?って言われたこと。
白丸を見ても一切の食欲が湧かなかったのはあの一度だけ。
食べきれずに残して帰った。
誰かを愛するというのは、とても怖いことです。
心の全てを預けてしまえば、支えを失った時にそれまでどうやって生きてきたのかこれからどうやって生きたらいいのか右も左もわからなくなる。
でも誰かを愛さずにはいられないんですよね、馬鹿みたいですけど。
埋まらない穴を抱き続けて、柔らかい場所で別の誰かを抱きとめる。
最低と言われたら返す言葉はない。
愛してしまったからねと呟くしかない。
この世の全女子が二枚貝なわけじゃない。
蛤のお吸い物を飲んでも番がいなければ意味がない。
一枚貝は岩を見つけるしかないんです、どこかへ行ってしまうことのない大きくて強い岩にしがみつくしかないんです。
生まれる前に失ってしまった片貝よりも強くわたしを抱く誰かに。