こい こひ 【恋】 《名・ス自他》
ダメだ、と思ったときにはもうダメになっている。
思い返せばわたしの恋はいつもそうだった。ちょっとずつ惹かれていくなんてことはなくて、するものではなくて、瞬間的に落ちる自動詞だった。
塾が一緒だった彼のくしゃっとした笑顔。忘れられないあの人の甘い香り。むやみに人に立ち入らない彼の空気感。
それから、たまごサンド。厚焼きのたまごサンドを食べる姿を見た瞬間、誰かがスイッチを押したみたいに床が開いて、底のない穴に落ちた。
迂闊だった。気が緩んでいた。
全ては、たまごサンドのせい。
厚焼きのたまごサンド、万年筆、ニットから覗くTシャツ、眼鏡の直し方、少し濃いグレーのニューバランス、長いコートと小ぶりなリュック、書類だらけのデスク、多い独り言、マグカップのデザイン。
全てに捉えられて、蜘蛛の巣にかかった蝶の気持ち。そういえばマッキーもそんな歌を歌ってた。
波のない穏やかな湖に似た恋。安心と信頼と、温くて手放すのが馬鹿らしいほどの恋。
雲の上のような人。山を登ったこともないくせに、エベレストを目指すような無謀さ。でも、頂上の景色を、見てみたい。
今ならまだ引き返せるのかどうかも分からずに、曲がりくねった道を行く。